作家紹介

林 紅村

あくまで「誰かのため」。相手があってのものづくりが職人の仕事。
やきもの職人の街で受け継がれてきたその精神を、基準にしています。

私の家は、おじいさん(初代紅村)の代、明治の末から大正の初めごろに、美濃から出てきて、このちゃわん坂に移り住みました。私でちょうど三代目にあたります。

私自身は元は彫刻出身なのですが、陶芸をはじめたきっかけは「素材の面白さ」に惹かれたように思います。うちではおじいさんの代から白磁や青磁を制作していますが、そのシンプルな奥深さに魅力を感じました。絵付けはやる気がないです、あまり好きじゃなくて(笑)無地故のバリエーションというか、フォルムのバランスといったところに興味があるんです。

私は陶芸に対しては、あくまで工芸、”クラフト”の世界の人間であると思っています。
もちろん自己表現の部分はあるでしょうが、芸術作品としてのそれではなく、あくまで用途があるものとして、器という「道具」としてのものづくりをしています。「道具」という枠の中でどのような表現をし、自分の思いを入れていくか、が大事になってきます。

五条坂・ちゃわん坂はやきもの職人の町。元来やきものの世界というのは器という道具を作る世界です。芸術、というようになったのはだいぶ後になっての話で、それまでは皆、誰かが使うことを前提にして、ものを作っていた。後にそれが芸術品といわれるようになったとしても、作った本人にそんなつもりはなかったでしょうね。
純粋に芸術品というと、自分が作りたいものを作る、となります。自分本位なんです。しかしこの町に暮らしたものづくりに携わるたちは、あくまで「誰かのために」ものを作っていた。
私も、その精神を自分の中で基準として、仕事を続けています。

林紅村
林紅村(はやし・こうそん)本名は克行。
紅村窯主催(三代目)。1940年京都生まれ。京都市芸術大学彫刻科卒。
28歳で本格的な陶芸活動を開始。
主に青磁、白磁(西施白磁 )、鉄磁を中心とした創作活動を行う。色絵や染付けなどはせず、シンプルでモダンな無地の作品を制作している。上品で美しいフォルムや気品漂う色合いが特徴の器は、高級料亭で好んで使用されている。
娘の侑子さんが四代目となる。
兄は現代美術家の林秀行さん(京都造形芸術大学客員教授)。

▶ 林紅村公式Webサイト

五条坂・ちゃわん坂は「やきもの」の特別な場所であること。
そこで仕事をする重みは、自分の中に確かに「ベース」として存在しています。

五条坂・ちゃわん坂という場所でものづくりをするということは、とても特別なことだと思います。

昔、私の同期生で、東京の方でやきものをし始めた人がいましたが、彼は「京都駅には降りられない」とずっと言っていました。やきものをやっていて、京都がどんなところなのかはよくわかっているから、足を向けられない。京都のやきものやその歴史、そして自分の作っているやきものを考えたとき、とてもではないが比べようがなくて足がすくんでしまうのだ、と。結局それで10年以上、彼は京都には来られなかったそうです。そう思ってしまう人がいるくらい、やきものに携わる者としては京都は本当に「特別な場所」なんです。この土地が培ってきた歴史や伝統といったものは他に代えられないものがある。
自分の中で普段から意識しているわけではありませんが、そんな場所で生まれ育って、そこでやきものを作り続けていることは、とても重みのあることだと思うのです。自分のバックボーンに流れている、掃うことの出来ない一番「根っこの世界」なんですよね。そしてそれが、自分の立ち位置にもなっていると思います。

今は、だんだんとその「根っこの世界」、やきもの屋の世界がなくなってきているとは思います。
同業者が近くに集まって作っている土地では、そこに住んでいる同業者間でだけ通じる話や、独特の世界といったものがある。それがだんだんと失われて、「皆同じ」になってきている。外の世界と馴染んで、均一化されてきているんです。
昔と今は時代も違うのでそのままでは合わないことも確かですし、別にそれだからいい悪い、というわけではありません。しかし、人間的なつながりとか、内輪的な面も多少は残っていないと、京焼というものが持っている世界を保っていくのが、この先難しくなっていくのではないかと思います。

京都を特別な場所にしているのは、そこでずっと丁寧に作り続けられてきたもの、それを作ってきた人の心があったからです。丁寧にものづくりをしてきた人と、京都という場所と、そこで確かに作られたもの。それが全てそろって、”京都のやきもの”が成り立つんです。
逆に言えば、そのどれかが失われてしまうと、他の場所とも同じになってしまう。”京都のやきもの”が持つ特別さはなくなってしまうと思います。


この土地に流れている精神的なもの、五条坂・ちゃわん坂という存在がもつ意味を伝えられるようでなければならない。

観光も、PRの意味を考えれば大事ですし必要だと思います。でもそれだけではいけない。
先ほどもお話しましたが、この土地に流れている「根っこの世界」を持っているお店や人がここにあってほしい。そうでなければ、ここを訪れる意味や深みがないし、訪れる人も続いていかないと思います。お土産に八橋買ってそれでしまい、と同じになってしまってはあかん。もっと精神的なものを伝えなければ。

それこそ、この五条坂・ちゃわん坂という土地で、やきものを買って、よかったな、またあそこで買ってこよう、と思ってもらいたい。他の場所ではなく、この土地で買ったことの価値観を感じて欲しいんです。例え同じものが他のところで売られていても、買う人の気持ちの持ちようでその器はとても特別なものになるでしょうし、何よりずっと大切にしてもらえますから。

確かに焼き物は作り手が作り出すものですが、作り手としては作ったものに50%しか責任は持てません。残りの半分は、買って下さった方が育ててくれて、完成するんです。最終的に買って下さったお客さんが、どれだけそれを気に入って、使ってくれるかで、道具としての価値が決まる。それが良いものだと認めてもらえる。
それこそ、作り手がものに込めた心や思い入れが伝わったということにもなりますからね。
私がこだわっている”クラフト”は目的があって、相手があって作っているものだから。相手に喜んでもらうために作っている。その思いが伝わってこそ、良い品といえるんです。

それに、やっぱり日本のやきものをやってる人たちにとっては京都という場所は「聖地」なんです。侵しがたい場所、目標とする場所。少なくとも、そう思ってくれている人が確実にいる。五条坂やちゃわん坂という土地は、その気持ちに応えられる、認めてもらえるような存在でなければならないと思います。

大げさなことを言える立場ではないですが、ここで生きてきた人間として、自分の足跡としても、大切な場所としても、この場所を残していきたいですね。
そのためにも、この場所の持つ意味や、作り手としての心を、買ってくださった方に伝えられる、そんな器を作っていきたい。作り手はことばではなく、作ったもので気持ちを伝えるしかないんですから。